泣き笑いの100分
※酔いながら思いつくままに綴っているので支離滅裂、雑記のようなものです。ご容赦ください。
●画面越しに観た真夏の横浜スタジアムの空気は、想像していたよりももっとからっとして明るくて、拍子抜けした。
ツイッターのレポで観ていて、そこで何が起こっていたのかは知っていたのに、映像でみると全く別物に見えた。
PARTY会場に居合わせなかった私は、当事者としてこのPARTYを語ることは永遠にできない。
けれど、客観的な材料を、ダイジェストとはいえ提供してもらえた。
あの場の雰囲気も、空気も、私は、あの場にいた人たちと、そしてKinKi Kidsと、共有はできない。
でも、誰かを通して伝え聞いたのではない2人の言葉を、歌声を、自分なりに受け取る手段を与えてもらえた。
事実だけでも共有させてもらえたことに感謝している。
●KinKi Kidsのファンになって日は浅いけれど、アニバーサリーイベントをずっと楽しみにしていた。
でも、自分の未来のためにPARTYにはいかないと自分で決めた。
月末の知らせを聞いて、自分でも驚くほど泣いてしまった。
何もできない歯痒さに打ちのめされながら、祈る気持ちで好物断ちをして願掛けした。
そしてPARTY当日のレポを読んでまた泣いた。
行かないと決めたことをたくさん、たくさん後悔した。
努めてそう振舞っていたのか、はたまた通常運転だったのかは定かではないけれど、
いつも通りのゆる~いしょーもない2人のやりとりを映像で観て聞いて、
行かない選択をして、後悔ばかりしていた私は、自然と口角をにっこりとあげて、目尻は下がって、
気が付いたら涙を流していた。
泣くことなんて何もないのに。
至極楽しそうな光一さんとつよしさん、そしてバンドメンバーさんを観て、
説明しがたい気持ち、無理にいうなら「たまらなくなって」、
胸の底から涙が湧き上がってくるのを止められなかった。
そうか、これが泣き笑いか。
悲しいわけじゃないのに、涙は止まらなくて。大口あけて笑いながら、泣いて観ていた。
●正直、どんな言葉を使えばこの気持ちを正しく文字にできるのかはわからない。
そして、文字として残しておきたい気もするし、心のうちで秘めておきたい気もする。
●何を歌うことになっても大丈夫なように練習してきてくださった頼もしいバンドメンバーさん。
曲中でも後ろのスクリーンを振り返ってつよしくんをみて、笑いかけたり手を振ったりしていた。
即興で何が来るかわからないのに素敵な映像を差し込んでくださっている映像チーム。
その他たくさんのスタッフ陣。
瞬発力勝負の緊急事態な場面で、ハイクオリティーなものをだせるプロフェッショナルが、KinKi Kidsの傍にはたくさんいる。
それが2人が「K ⊥ T」の上に立ち、真摯に20年以上仕事を続けてきたなかで得てきたものなのだろう。
こういう大人になりたいと思った。
こういう仕事をしていきたいと思った。
●美談にはしたくない。
けれど、すべては必然だったのだ。
そう言い切った2人は、これからどんな世界を見せてくれるんだろう。
●今宵、「必ず冬のコンサートまでに仕上げるから、楽しみに待っていてください(意訳)」と、あの時言っていた
「突発ラブ(仮)」こと「Topaz Love」が初めて世に放たれる。
突発ラブのままでよかったのに。あの夏のセッションを閉じ込めて作品にしてしまえばよかったのに。
素人考えの私はそんなことも思ってしまうけれど、突発ラブ(仮)はさらなるブラッシュアップを経てTopaz Loveへと変わったのだろう。
Topaz Loveを聴くのは怖い気もする。
なぜなら、突発ラブが消えてしまうような気がするから。
あの、きらきらして疾走感のあるメロディーに、相反するようでそうではない乙女で切ない詩をのせた突発ラブ。
一度聞いただけで大好きになった。
新しい詩がついて、Topaz Loveになって、塗り替えられてしまうのが怖い。
それでもやっぱりTopaz Loveを聴くのが楽しみ。